ひとり春山合宿 ~鳥海山&月山~

実施日:2022年4月29日(金)~5月3日(火)

山 域:東北の山 鳥海山&月山

参加者:中安正議(単独)

行 程:[4月29日]5:55甲府→勝沼IC→中央自動車道→八王子JCT→圏央道→久喜白岡JCT→東北自動車道→村田JCT→山形自動車道→山形JCT→東北中央自動車道→新庄北IC→国道13号→国道108号→16:40祓川 [4月30日]6:00祓川→矢島口コース→8:20七ツ釜避難小屋→12:00七高山12:30→13:55七ツ釜避難小屋→14:30祓川ヒュッテ→15:35祓川→国道312号→17:00鳥海温泉あぽん西浜 [5月1日]8:30鳥海温泉あぽん西浜→道の駅鳥海→土門拳記念館(酒田市)→酒田市立資料館→酒田ラーメン三日月軒→藤沢周平記念館(鶴岡市)→16:35道の駅にしかわ・水沢温泉→17:55月山湖展望広場 [5月2日] 6:15月山湖展望広場→6:45姥沢8:00→8:24月山スキー場リフト下駅→8:50リフト上駅→10:00牛首コル→11:10リフト上駅→11:20リフト下駅→11:30姥沢→志津温泉→鶴岡市→新潟市→21:30マリンドリーム能生(新潟県糸魚川市) [5月3日]10:30マリンドリーム能生→12:00長野県白馬村落倉→19:35甲府

私の心には躁状態と鬱状態が突発的に交互に訪れる。躁鬱病という程ではないのだが、精神には大きな波がある。躁の時は、だいたいが山に行っている時である。鬱の時は、図書館に籠って小説を書いている時であろうか。躁の時は何事にも積極的で行動的で、生きて行く上では好ましいようだが、実は散財も激しく、金遣いがやたら荒くなるので困ったものだ。私は鬱状態である方が、周辺の人間にとっては好ましいようだ。
今年の御坂山岳会の春山合宿、はじめて私が企画した。鳥海山と月山へ、五泊六日、予備日を入れて七日間の壮大なものだ。だが、予想どおり賛同者はいなかった。ひとりぼっちの春山合宿となった。しかし、寂しくはない。心は躁状態だからだ。
ゴールデンウェーク初日、待ちかねたように私は愛車の軽貨物車のハンドルを握り、一路鳥海山を目指す。早朝、甲府を出る時は曇天であった空が、圏央道から東北自動車道に入る頃に泣き出した。山形県に入るとフォグランプを点けなければ危険を感じるほどの強い雨となった。鳥海山五合目の祓川へ続く林道に入ると雨がみぞれに変わり、祓川の駐車場に到着するや否や吹雪となり、アスファルトが見る見るうちに白くなった。駐車場から祓川ヒュッテまでは二百メートルほどなのだが、日没前にも拘わらず雪と風が強くて歩けない。やむなく車中泊とする。真冬のような寒さに耐えられず、車中でガスコンロを焚いて暖を取る。
翌朝、晴れた。車の屋根には厚く新雪が積もっている。霜の張った車内から見る朝焼けが幻想的だった。しかし、すでに気圧の谷が西から近付いている。晴天は今日一日しかもたないだろう。春山合宿第一弾、今日が勝負だ。私は車横からスキーを履いて歩き出した。矢島口からの鳥海山は山頂部のみ雲に隠れているがほぼ全容が眺望できる。新雪は三十センチメートルほど積もってはいるが、ラッセルして歩くには支障はない。かえって、シュプールのついていない純白の処女雪が心地よい。

七ツ釜避難小屋に着く頃にはかなり多くの登山者に追い付かれる。ワンピッチ目は無理せずゆっくり歩くのが私の流儀だ。気にしない。雪質はフワフワの新雪からシュカブラとアイスバーンに変わる。スキーアイゼンを装着する。スキーアイゼンは軟雪では効いているのかいないのか不安だが、アイスバーンではしっかりと雪を噛む感触が伝わり確かな存在感がある。雪質には関係なく、付けていても決して邪魔にはならない。スキーアイゼンを装着してからは、今まで抜かれて来た登山者にどんどん追い付いてしまう。スキーアイゼンの効力たるや恐るべし。
大斜面の真中で転倒したが、そこで居直ってランチタイムとする。スキーは付けたままザックを下ろし、大好きなクリームパンを頬張りながら、雄大な裾野の景色を心行くまで鑑賞する。湿って重い新雪には閉口するが、スピードに乗るとスキーが浮き上がって意外とターンしやすい。しかし調子に乗ると後傾となって転倒する。
長い下りの後、祓川ヒュッテに寄って室内を偵察する。居心地は良さそうだ。無料なので次回はここに泊まろうと思う。駐車場に着くとすでに路面の雪は消えていた。一路、吹浦港にある鳥海温泉あぽん西浜を目指す。温泉に隣接する食堂でとんかつ定食のごはん大盛と生ビール大ジョッキを注文する。食後、温泉に入ると湯舟で気を失った。やはり入浴してから飲むべきだった。
あぽん西浜の駐車場で快適な一夜を明かす。意識を失えば、ホテルのベッドだろうが車中だろうが関係ない。そして翌朝は予想どおり本降りの雨である。鳥海山鉾立口からの登山を割愛して、月山へと向かう。今日は天候回復待ちと休養ということで一日観光を楽しむことにする。車で五分ほどの道の駅鳥海では、午前八時半から食堂が営業しているのが嬉しいではないか。朝から豪華海鮮丼をいただく。
酒田市内で土門拳記念館と酒田市立資料館を梯子して、三日月軒の酒田ラーメンを堪能する。午後は鶴岡市内の藤沢周平記念館を訪れ、自らの創作意欲を鼓舞する。月山の麓にある道の駅にしかわで温泉に浸かって自分を見詰め直し、月山湖展望広場で夜を明かす。今日中に月山登山口の姥沢まで行けないことはないが、標高の高い箇所での車中泊は寒いので、平地で夜を明かす。数々の車中泊で得た教訓である。

翌朝、晴れた。チャンス再来だ。今日は春山合宿第二弾、月山を極めたい。リフト下駅までは、駐車場からスキーを担いで歩いて十五分、雪がべったり付いておりシールを付けて登ればよかった。午前八時から運行するリフトに飛び乗りゲレンデトップへ。シールを付けたままリフトに乗った登山者がリフト下車の時、係の人にシールを外して乗るように注意されていた。
月山山頂はガスに隠れて見えないが、視界は効く。コースは山腹を延々とトラバースしているので、スキーアイゼンを装着する。正解だった。牛首直下は大きなクレバスがあり、慎重にトラバースする。
下山方向がよく分からないので、スキーを担ぎアイゼン歩行でトレースを辿る。視野が晴れたところでスキーに履き替えて、あとはリフト上駅まで、延々と斜滑降で下る。月山スキー場のゲレンデ内に入ると雪質もよくなり、結構スキーを楽しむことができた。しかし、もう一泊して月山に再挑戦する気力は無かった。
月山志津温泉の宿かしわやで入浴する。風呂は貸切り状態で窓からは月山の山腹と眩い新緑が眺望できて、申し分なかった。できれば泊まりたいところだが、私の懐がそれを許さない。要するにお金と気力が無くなったのである。
海が見たかったので、日本海沿いの一般道を行く。それから運転すること九時間、糸魚川市内で力尽き、道の駅マリンドリーム能生の駐車場で四日目の車中泊となる。空いているところに駐車したつもりだったが、朝起きると喧噪の真っただ中で駐車場は満車状態だった。フロントガラスからは黒い海が見える。

ベニズワイガニを土産に買う。二匹買っておまけが三匹、よく分からない商売をしている。午前九時半より食堂が営業しており、性懲りもなくまたしても海鮮丼を食す。そして、一路一般道を山梨へ向かう。どこの道の駅も混んでおり、食堂は長蛇の列だ。仕方なく白馬村落倉の府立大小屋にて、自分でスパゲティーを茹でて喰う。小屋周辺でタラの芽を摘み、これもその場で天ぷらに揚げて食す。自給自足だ。
午後七時三十五分に甲府に帰る。走行距離千四百四十三キロメートル、まだ五日ある休日を残して、ひとり春山合宿の旅が終わった。
私の趣味は、登山やスキーなど体力の消耗を伴うものばかりだ。もっと楽な趣味はないのだろうか。とにかく、暇と金があっても、体力がなければ老後をエンジョイすることができないことをつくづく実感したのであった。

2022年04月29日